▲ 묵음(默吟, Poetry with Silence), 53×41㎝, Chinese ink Silica Sand Korean Paper mounted on Canvas, 2018

金政煥(キム・ジョンファン 作家, 김정환 작가)の黒い絵画には、あらゆる光を吸い込み、深々と、無限に静まり返っている。そして、金の手に成る黒は、暗さや陰湿さなどを感じさせることもなく、深海か宇宙の空間を想起させてくれる。  

東洋絵画では、世界を一色で表すという概念は、墨だけが担ってきた表現である。ところで墨という字は、黒と土から成っている。

墨は火を焚いて袋の中に煤をためる形を示している。さて表現者として墨を使うにあっては、墨をどれだけ深く知るかが肝要である。

また、墨と対峙する基底材としての紙との相対的な相性や発現することにも配意しなければならない。古来、「墨に五彩あり」の如く、黒には無限の色が鏤められている。

▲ 45×38㎝, 2018

金は渋(서양화가 김정환, 金政煥 作家, KIM JEONG HWAN)くて高雅な黒色に拘り、東洋水墨画の伝統により習練している黒の感覚を 磨いている真摯な作家である。

一方、黒と対比されるのが白である。白という文字の源は、頭が白骨化したものといわれている。 白は古代中国の五行思想では、金に相当し、方角では西を指す。 白はどんなものにも染まるので、清らかで汚れないものの意味として使われる。

私は意外にも整然と並べられ、大半が黒に占められた「黙吟」の作品群の白に目が留まった。画面に見れる白の布置に緊張感が漲り、黒と対峙しているようにも映った。

更に墨の輪郭が紙に滲み、妙味、気韻などの表情が生まれ、偶然性を生かし、必然的な表現が創出されている。

金は、その性質を素直に生かし、心の奥深さと気品などを増幅している。このように、内的必然性と心の均衡の葛藤から造出された絵画は、直感と実感の交錯が招来した精神世界ともいえよう。

金の絵画への視線の距離によって、心象風景に包まれたり、遠望する鑑賞から、絵画にはない色彩のイメージを脳裏に喚起させられるのは私ひとりだけではないだろう。

△文=坂上義太郎/(元・伊丹市立美術館館長)